考えてたって何もならない。
なにもかも1人で抱え込もうとしないで、たまには助けを求めるのも良いんじゃない?って感じた。
1人じゃそんなすぐに何もかもは出来ないんだから、1人でやるならもっとじっくり何年かかっても1人でやるべきだし、そんなにゆっくり出来なければ誰かの力を借りることも必要だし、心の中では答えは一つでも、生きる上では答えは無限にあるってこと。
「そんなこと前からわかってたよ。」
でもわかってても出来てないからそれはわかってないってことに他ならない。
天才でも、努力家でもなく、忍耐力もなく、ぼーっとする時間がないとだめで、そんなんで何も変えられないよ。
そのままじゃ変えられないけど、強く望めば変えられるってよくいわれるのは、変えたいって強く望むってことは、何をするべきか、可能性のあることに次々と挑戦していって、一度失敗してもまた挑戦して、ソレを繰り返しているうちに自分でも気付かないうちに自分自身が変わっていって、周りも変わっていくということなんだよな。
確かにそういう経験(小さいけれど)何度も繰り返しているうちに今の自分になっていったわけだし、これが最終形態なわけがないし、追求に終わりはないって意味でも生きていくってことは変わるってことで、自ら変わるか、周囲にあわせて変わるか、大きな流れでいつの間にか変わっているかで全然違う道がある。
「毎日」っていつもの連続の流れの中の一日って言葉に捉えがちだけれど、言葉の意味は「日ごと」って所からはじまってるんじゃないかと今思った。
となると「同じ毎日」って言葉は間違ってるんだと捉えることにしよう。
